2016年9月26日月曜日

てめーの主張は てめーのフィールドで主張しろ。 ふぁっく。






( ̄▽ ̄) 言っちゃった。



フィールドとは、ブログとかfacebookの投稿とかTwitterとかの意味で書いてる。



前にも書いたけど、

これなんだよ↓

  2016年7月27日水曜日
  たなかしのが言うことは正しくなんかない。共感も求めていないんだ、私は。


私は正しくなんかない。

正しいと思い込んでることの押し付けほど気持ち悪いものはない。

私は共感も求めていない。

私は思ったことを言ってるだけ。

私が言うことはまちがっている。

私が言うことを鵜呑みにして欲しくない。

あなたが私の言うことに共感しようが、

はっきり言ってどうでもいい( ̄▽ ̄)



えへへ

なんて冷たい人なんだろうね。私。

でも、これ思ったことだから、しゃーない。



 ふむふむ。

 なるほど。

 へー

 変なの~

 アホや、しの

 あ、そうやんな~

 クソだな!

 んなことあるかいな!

 しのちゃん大好き~♡



もうね、なんでもいいよ。( ̄▽ ̄)

ありがとう。( ̄▽ ̄)




って書いたんやけどね、

自分はどう思ってるとかこう思うとか、




自分のブログとかに書いたらええやん。



私はてめーの考え訊いてないし。興味もない。



共感してようが どうでもいい。( ̄▽ ̄)



まぁ、私のブログを読んでスッキリする!とか
今の自分に必要なメッセージだったわ!ありがとう!とかの報告完結系はとっても嬉しいね。








人はそれぞれ 意見があるのは当たり前。

私は私が思っていること感じたことを毎日書いている。

私が書いたことをもとに議論したいとも微塵も思ってないからね。





何か思ったり感じたことがあるんやったら、

私のとこじゃなく、自分のとこに書いたらええやん。

なんなら毎日書けばええやん。( ̄▽ ̄)

発信したらええやん。( ̄▽ ̄)



意見もらっても、私はこのブログで完結してるから、返信すんのもめんどくさい。

ブログに書いたことから変化があったらまたブログに書くし。


結局、みんな何を考えてよーが、

どうでもいいし、どっちでもいいのよ。




誰かのブログに「私はこう思います!」「それってどうなんでしょうか!」とか書いてるやつおるやん?


そのブログ主は自分が思ったことを自分の場所で正々堂々と提示してんねん。

その人のフィールドにずかずか入ってなにしとんねん!って思うわ。


思ったことあんだったら、自分の発信場所で発信しろよな!ふぁっく!



とか思うわたし。( ̄▽ ̄)



言い方が汚いですが、それってどうなんでしょうか。




知らん!




これは先週の師匠のブログね。

きのう夢のなかで師匠が

「もう帰国かよ~」ってブログ更新していたんやけど、現実ではなかった。

予知夢となるのか??


ってか予知夢になりやすいよね。

「もう帰国かよ~」って言いそうやし。



なんと昨夜の制作生配信では、HANANINGENで有名なGANON FLORIST 代表のHIKARUさんがコメントしてくださった!


「信じられないくらい時間を費やす作業ですね。笑ってやれてるのがすごい、尊敬します。」って!!



ありがたや~ありがたや~なんまんだぶ~なんまんだ~ぶ~(*´ω`*)



GANON FLORISTは、師匠の写真集のロケ地にもなっている。


これとか、

これとか、

これとか、


ほかにもある。

ってことで、




HIKARUさん、ありがとうございます(●^o^●)!!




【こんばんにゃ!今宵も制作しながらAKIRA歌流します9月25日深夜👼9はt
きのうは、アルファベット順に流したら、52曲目のSomething greatが最後でした!
アルファベット順が終わったら、あいうえお順になるよ!
ちょっとやってみたいからやってみてるよ☆*\(^o^)/*
私は11月13日徳島にて開催される第8回全国ネアリカ大会に向けて毎日ネアリカ制作してるよ!
みなさまいつも見守ってくれてありがとう♡*\(^o^)/*






モニター越しでもまつエクしたのがわかる。




で、アルファベット順で流しているAKIRA歌は、前日は『Something great』で終わり、

昨夜は『Sorry』からはじまりました。


そして、あいうえお順に移行し、ラストはAKIRA ALBUM 『arigato』に収録されている『びっこのおかあちゃん』でした!

また解説付き。



 ぼくの母親は20代のときにわき毛を剃っていたらばい菌がはいり、高熱と全身の痺れで入院し、以来片足を引きずって歩くようになりました。酒を飲むと暴力をふるう父に耐えかね、ぼくが5歳のとき1歳の妹を連れて家をでました。ぼくは「びっこのおかあちゃん」がコンプレックスでした。
しかし今、たくさんの障害者施設をライブでめぐるようになって、「なぜ自分が弱い人たちに惹かれるのだろう」という疑問が解けました。それは身体障害者の母を持ったからです。
もちろん母自身も無意識でしたでしょうが、ぼくの作品を生むため、そしてその作品にふれた人がなんらかの救いを感じてくれるために、母は自分が障害者になるという運命を魂レベルで選択してくれたのではないかとさえ思えるのです。

 母の日は母の日だけじゃなく、生きてる限りつづくんだよ。
 死んでからもつづく。
 だからお母さんを思い出したら、いつでも電話して。
 会いにいって。
 話しかけて。
 きみの命が今あるのは、
 お母さんが命がけで、
 きみを生んでくれたお陰なんだから。



「びっこのおかあちゃん」


おかあちゃんとおとうちゃんは
山で出会った
若いふたりに今
小さな恋が芽生えたんだ
おかあちゃんは熱をだして
急に歩けなくなった
おとうちゃんは約束した
ぼくがおんぶして山にのぼろうって


ぼくはお空のうえからずっとながめてた
こんなすてきなふたりの子供になりたいなって
ふたりがチュッチュしないから
ぼくが背中を押したんだ
お空からピュッとジャンプして
ぼくはお腹にはいっていったんだ


ぼくたち家族はとても幸せだったんだ
あふれるよな愛でぼくをつつんでくれたんだ
幼稚園ではじめてほかの親たちを見た
ぼくのおかあちゃんだけが
ぴょこたんぴょこたんカエルみたい

びっこのおかあちゃんなんていらないよ
みんなに笑われないように歩いてよ
びっこのおかあちゃんなんていらないよ
みんなが見てるからもうあっちへいってよ


おとうちゃんは酒をのむと
おかあちゃんをなぐった
おまえはびっこのくせに一人前な口を聞くなって
おかあちゃんはぼくをおいて家をでた
ぴょこたん足をひきずって
ごめんねごめんねって泣いていた

びっこのおかあちゃんなんていわないよ
みんな笑ってもいい
ぼくのおかあちゃんなんだ
びっこのおかあちゃんなんていわないよ
みんなが見ててもいいぼくのそばにいて

びっこのおかあちゃんなんていってごめんね
ほんとはだれよりもおかあちゃんが好きなんだ
びっこのおかあちゃんなんていってごめんね
ほんとは世界一おかあちゃんが大好きだ


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