2014年10月18日土曜日

思考との戦い




何でそんな視点から考えるんだよ。

自分でも分かっている。


「ちっ、くっだらない。どうだっていいんだ。そんなこと。そんなことより作品をつくれ。全てを作品に注ぎ込め。」


そうやって頭の中でいつも言うんだ。


自分の思考に対して。


そうやって自分の感情を押し殺すんだ。


押し殺した感情を作品にぶつけるんだ。



そうやって作品をつくっていても、あらゆる思考が駆け巡る。


久しぶりに落ち込んだ。

ゴールデンなメンバーにお会いできたのにね、今日。



余計なものを見るからだ。


分かっている。


だが、その“余計なもの”というものに対して自分の中で出てきた感情は

自分の何かのフィルターを通して見ているからなのよね。

物事に、良いも悪いもなく、全ては自分の意味付けによる。


“余計なもの”だなんて失礼だよね。

自分の尺度で言ってしまった。

ごめんなさい、“余計なもの”と言ってしまって。


他の人からすると、なんでもないものなのにね。


人間とは面白い。



今日は落ち込んだことによって友人と話したくなって、電話して、

お互い話をして、お互いにスッキリ出来た部分もあり、

気分が晴れて、

そして新しい流れが生まれたんだ。



だから、落ち込んだことに感謝なのよね。



そんなきっかけをくれた人にも感謝だよ。





私の周りには、


これをすると悩みが無くなるよ。

あれをすれば悩みが無くなるよ。

ここに行けば悩みが無くなるよ。



そんな甘い言葉で溢れている。




しかし、私にとっては悩みも必要なことなんだ。


自分を成長させてくれるからね。




そして、


感情を押し殺すのではなく、


消化が必要なんやろな。


言葉の使い方で、人によっては受け取り方も違うだろうし、伝わるかは不明だが。



私は思考の海で泳ぐことが好きなんだ。


自分の思考を分析するのが好きなんだ。




一瞬一瞬の経験を私たちは積んでいく。


目の前に現れる無数の選択肢を1つ1つ選択して行動していく。



何年も経って覚えていることは、


強烈にインパクトのあることだったり、


めっちゃ嫌だと感じたことだったり、


何気ない普通に感じていた、遠い日常だったり、


しあわせだなぁと感じていた何かだったり、


様々だね。



今、どんなに悩んでいても

事細かに何に悩んでいたかなんて、時間が経てば断片的にくらいしか覚えていないもんだ。



1年前に何に悩んでいたかなんて覚えていないもんだ。



覚えているものもあるけど。全部じゃない。




悩んでいる自分が可愛いよ。



そうかそうか、


私はこんな感情を抱いたのだね。


そうかそうか、


本当は淋しいんだね。


そうかそうか、


本当はヤキモチを妬いているんだね。



そうかそうか。


ちゃんと私は人間だ。



生きているね。私。





会いたい人たちに会えた時には、


きっと、今の悩みなんて忘れているんだろな。




可愛いよ。自分が。笑


全てのことを自分で選択しているのだから、


生まれる感情も自分で選んでいるもの。


全てに自分に責任がある。





また、まとまりのない、羅列のblogを書いてしまった。


うまくまとめなくても良いか。


これが今の私。

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